’99.11.6 待ちに待った「君のいた永遠」日本公開。
2日の前から列をなしてファンが有楽町スバル座につめかけた。(私もそのうちの1人でして・・)
春先から夏に少しずつストーリーが開かされ10月には文庫本も発行された事により公開前には
すっかり結末も知ってる状態で上映を待った。
監督シルヴィアも言っていたようにこの映画の中には人生において誰もが思いあたる節がある
ことでしょう。
私個人にもやはり心に残っている恋愛シーンを想い出させてくれた。
ああ、私にもそんな時があったなぁって。
不思議なもので記憶というのはその時感じたものの強さに比例している。
真剣に愛し合ったあの時、あの美しいシーン、あの時の涙、苦悩、、、全てが交錯し、
何年経った今でも色褪せない思い出として、胸がキュンとなる。
そんな甘美な、そしてせつない恋愛・・・忘れていた美しいものをこの映画の浩君と小柔が、
私の心の奥底から掘り起こしてくれた。 素敵な映画でしたねー。
「愛すること」って人間には不可欠なもの。。 たとえそれが叶わぬものでも・・
監督シルヴィア曰わく・・「浩君が金城武じゃなくて、観衆ひとりひとりが心の中の浩君として
みてみて欲しい。」 か・・・
残念ながら私は、全てを心の中の浩君に重ねてこの映画を観る事はできなかった。
率直に言えば、心の中の浩君と、映画の浩君と、今現在私の心の中を埋め尽くす金城武の3人
が「こんな僕がいる」って、私に魅せてくれるのでどっちつかずの困惑状態。。。
結果的にはどうだと言われれば、「金城武」と言うしかない!
それは映画製作側にとって、(もちろん武もだが、)望んだことと相反するだろうが、
私の心の中には「武」がどれだけのウエイトを示すのか?? と妙に現実的な解答にたどり
ついてしまった。
さっきまで、さんざんきれい事を言ってきた自分を笑ってしまうが、
私にとって、「あの時あんなに愛した人」より「今こんなに心動する金城武」なのだった。
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